テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1269話】「博士の理想郷」 2023(令和5)年3月21日~31日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1269話です。

 その老人の肩には無数の傷跡がありました。「どうしたの」と家の者が聞くと、「自分で作った赤痢ワクチンを注射して、反応や経過を観察した、いわば自分を材料にした人体実験だ」というのです。その老人こそ、赤痢菌発見者として世界的に著名な志賀潔博士です。

 博士の生まれは仙台ですが、昭和20年に我が山元町磯浜に家族と共に移り住み、終の棲家として昭和32年まで過ごされました。磯浜との縁は、徳本寺開基の大條家のおかかえ医師田原家の紹介で、別荘地として勧められたからです。海が見える風光明媚さを気に入られたのでしょう。徳本寺にも「無可有之郷(むかうのきょう)」と認めてくださった色紙が残されています。中国の荘子の言葉で「自然のままで、何の作為もない理想郷」という意味があります。まさに磯浜はその通りだったのです。しかし、そこを東日本大震災の津波が襲いました。博士の住まいは辛うじて残ったものの、その後火災に遭い、当時の面影は残っていません。

 ただ、磯浜の近くに中浜小学校があり、現在は震災遺構となりましたが、そこに博士の石碑が残っています。「なにごとも まじめに しんぼう強く 元気よく やりとおせば きっとりっぱな仕事を なしとげることができます」と刻んであります。当時の児童は朝礼の時、大きな声で唱和していたといいます。

 さて、博士の人体実験ですが、「患部の腫れと高熱が続き大いに苦痛を覚えたのでこれを一般に使用することは断念せざるを得なかった。患部は同僚に切開してもらったが全治まで1年ほどかかり、創痕は後々まで残った」と自ら記しています。それでも赤痢菌をどうして発見されたかと尋ねられても「まぁ君、たいしたことではないんだよ。他人が20ペン顕微鏡をのぞくところを、百ペンのぞいたに過ぎないさ!」と仰っています。単純に人の5倍の精進があったのでしょう。

 彼岸という迷いのない理想の世界に渡るのが仏教徒の願いです。そうだとしても「衆生を先に度(わた)して自らは終(つい)に仏に成らず、但し衆生を度し衆生を利益(りやく)するもあり」と修証義というお経にあります。赤痢菌の発見に自分の命をも顧みず、世のために疫病撲滅を目指し、人々を安寧な世界に渡した博士の行いは、「まじめにしんぼう強くやりとおした」結果なのでしょう。そのような偉人がわが郷土を理想郷として過ごされたことは、私たちの誇りです。「先人の跡を師とせず、先人の心を師とすべし」博士の言葉です。博士の心を彼岸の心に重ね、大震災があっても理想郷と言えるように2倍も3倍も精進しましょう。

 ここでお知らせいたします。「赤痢菌発見者 志賀潔とささえた家族」という本が、山元いいっ茶組より発行されました。定価1430円です。Amazonでのネット購入、もしくは徳本寺まで。売上金は大條家の茶室再建に寄付されます。 ➡ 【詳細はコチラ】

 それでは又、4月1日よりお耳にかかりましょう。

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