テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1156話】「忍の徳たること」 2020(令和2)年2月1日~10日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1156話です。

 現在、大相撲の幕内力士は42人です。過去10年間の60場所で、優勝経験者は14人だけです。白鵬などモンゴル勢が何度も優勝しているということです。平成28年までは、10年間も日本人力士の優勝者がいなかった時代もありました。関取になっても、大半は優勝の喜びをを味わうことなく引退してしまうのです。

 それなのに、初場所における徳勝龍の優勝は、相撲界の常識を覆すような出来事でした。「自分なんかが優勝していいんでしょうか」という優勝インタビューは、全く正直な感想でしょう。前頭17枚目の幕尻、しかも十両からの再入幕、年齢は33歳5カ月。失礼ながら8勝挙げて勝ち越せば御の字という地位かもしれません。2日目に黒星を喫し、それなりのスタートをしました。その後、あれよあれよという間に勝ち進み、迎えた千秋楽。幕内番付の一番下が、出場している番付最上位者の大関貴景勝を破って、14勝1敗の堂々たる成績で、初優勝を果たしました。奈良県出身力士の優勝は、98年ぶり2人目で、日本人では最高齢の初優勝者となったのです。

 何がここまでの活躍を導いたのでしょうか。徳勝龍は相撲名門校の高知・明徳義塾高で活躍するも、プロ入りは考えず、実業団で相撲を続けるつもりでした。しかし、近畿大相撲部の伊藤勝人(かつひと)監督に勧誘されました。思い切りよく攻める指導を受け、西日本学生選手権で個人優勝を果たすなど、頭角を現し、平成21年初場所で初土俵を踏みました。その恩師の伊藤監督が、本場所7日目の朝に55歳で急逝したのです。徳勝龍というしこ名は、監督の名前を一字いただいたものです。勝ち越したときは、いつも最初に報告していました。「いまだに信じられないけど、相撲で恩返しをするしかない」と、気持ちを切り替えます。

 場所中に親ともいえる大切な方を亡くして動揺しないはずはありません。しかし、土俵での活躍が何よりの供養になると発奮できるところが、並ではありません。関取になっても、十両と幕内を行ったり来たりして、決して華やかさはありません。自分でも忸怩たるものがあったはずです。恩師にしても、朝乃山など他の教え子が活躍すればするほど、徳勝龍に対して歯がゆさがあったかもしれません。しかし、そんなものを一気に吹き飛ばす、この度の優勝でした。

 どんなに日が当たらなくても、決して腐ることなく、黙々と稽古に励み、土俵に上がり続けてきました。「忍の徳たること、持戒苦行も及ぶこと能わざる所なり」と『遺教経』にあります。忍耐の徳は何にも勝り広大であると、お釈迦さまは最後の説法で仰っているのです。それは伊藤監督の遺言でもあるように思えます。初土俵以来10年間、一番も休むことなく相撲を取り続けている節制と精進は、徳勝龍というしこ名に恥じない相撲人生といえます。

 それでは又、2月11日よりお耳にかかりましょう。

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